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2008年4月18日 (金)

咲くために毎日がある

松本の旅はすばらしいものだった。

こうなることは決まっていたのかもしれない。いままで歩いてきた道はここに辿り着くための道だったのだろう。最近そういうふうに思えることがよくある。それはとてもとても心強いことなのだ。わたしはいつもゆっくりだから遠回りをしてきたのかもしれないけれど遠回りだったからこそ出会えたもの、人、がいまのわたしにとって宝物になっているように思う。

ちょうど一年前の4月16日、安曇野に住む三和さんを訪ね、友人と松本へでかけた。三和さんは車でいろいろと案内してくれた。tadokorogaroでちょうどその日から三谷龍二さんの「僕のいるところ」という展示がはじまっていた。畳の部屋にきちんと並べられた心のこもった小さな作品たちは微かに微笑んでいるようだった。そんな空間でお茶とお菓子をいただいた。そのお菓子は一年間わたしの中で記憶に残り「和菓子を作ってみませんか」というその誘いに手を伸ばしてみることに決めたのだった。電話をして一年前のそのお菓子の話、横浜に住んでいるが月に二回なら通えるのでやってみたいと思っていることを話すと真理さんはとても驚いてそしてとても喜んでくださった。声でそれは伝わった。真理さんはまだ会ったことのないわたしに「よかったらうちに泊まりませんか」とおっしゃった。わたしは人見知りをするから少しとまどったけれどなんとなくそうしてみたいと思ってお願いすることにした。その日初めて会っていっしょに御飯を食べ温泉にまで入り夢を語った。真理さんはわたしの背中をやさしく押すようにこう言った。「足踏みが長くならないように。わたしよりも上手くなってくださいね。」真理さんのお宅から歩いて10分ほどのところに松本民藝館がある。和菓子をはじめようと思う前から行ってみたかったのだ。長閑な道には小さな野の花が咲きこんなところに住んでみたいと思った。東京の日本民藝館はとくにこころに残らなかった。趣のある空間の中にいる心地よさはあったけれど感動することはなかった。でも松本民藝館はまるでちがった。わたしにとって特別の場所となった。ここに集められたものは丸山太郎さんによるもので、わたしはこの丸山太郎さんを大好きになってしまった。「美しいと思うその自分の直感を信じなさい。誰が作っただとか、どこで作られたとか知の部分にとらわれず自分の目を信じなさい」そういう丸山太郎さんの思いが全てに表れ涙が出そうになった。

「咲くために毎日がある」

丸山太郎さんの絵葉書の中にこの言葉はある。なんてシンプルで力強いのだろう。館長さんがまたとても魅力的な方なのです。いろんな話をしてくださった。丸山さんの本を何冊か見せていただいた。やっぱりすてきな方だ。文章のなかにお人柄がよく表れている。その本たちは今は古本でしか手に入らないと聞いて松本城の桜を愛でたあと、ちょうど駅までの道にあった古書店で「丸山太郎さんの本はありますか」と尋ね『松本そだち』という本を手に入れる。真理さんに教えていただいた三城というお蕎麦屋さんで昼食をとる。蕎麦も美味しかったが最初に出していただいたお酒とあみたけがまた美味しかった。帰りのバスは15:20に予約してあった。まだ時間があったので中町通りでちきりや民藝店を覘いたあともうひとつ気になっていた古書店「慶林堂」へ入ってみた。『松本そだち』がここにもあり買ったものよりもカバーがついて状態がよかったので少しショックだったがうれしい出会いがここでもあった。「丸山太郎さんの本は他にはないですか」とご主人に聞いてみたら50冊限定で作られた大変貴重な本ならあると、見せていただいた。それは5万円の値段がついていたのでとても欲しかったがとても買えなかった。しばらくお店の中を見せていただいてたら音楽が流れ始めた。とても好きだった。おじさん、こんな音楽聴くんだな、すてきだな、なんていう方だろう、聞いてみよう・・・と思っていたら「こんな音楽はお好きじゃないですか?」とおじさんはわたしに聞いた。少しそんな気はした。もしかしたらわたしのためにかけてくれてるのかな、なんて自惚れたことを少し思っていた。だからおじさんがそうわたしに聞いたとき、なんていえばいいんだろう・・・感謝した。何に対してだろう。ありがとうと思った。寺尾紗穂さんの『御身onmi』寺尾さんは川島芳子さんという人物を調べるために松本へ行かれ慶林堂のご主人と知り合い松本へ行く度に立ち寄っていたそうです。寺尾さんは川島芳子さんについての本を出版され慶林堂さんへお送りしたところその関連の貴重な資料を送っていただいたということでお礼に送られたのがそのCDだったというわけです。おじさんはたぶんその音楽を好きそうだなと思うお客さんが来るとかけているのだと思う。「このあいだもね、若い男の子がきてね、誰ですか?って聞かれてね」なんて話をしてくださった。わたしは本当にその音楽が好きだったので「どこで手に入りますか?」と聞いたら「よろしければお名前とご住所を教えていただければご本人に伝えますよ。きっと喜びます。」と言ってくださった。わたしは住所やメールアドレスも書いておねがいすることにした。そしたらきのう寺尾さんご本人からメールをくださった。CDを置いてあるお店を教えてくださった。ご縁がこんなふうに広がって嬉しいですと喜んでくださった。どうしたらこんなしあわせなことになるのだろう。自惚れた考えかもしれないがこんな思いを誰もがもつことができる世の中だったらなんてすてきだろう。そう思う。

帰りのバスでマサムラのベビーシューやら頂いたお饅頭やら開運堂の真味糖を食べ『松本そだち』を少し読む。いい時間のバスを選んだ。夕方のあいだを走り、着いたころは夜の中だ。最後に偶然とは思えない出来事が待っていた。バスで帰る途中一度だけ双葉サービスエリアで10分の休憩がある。わたしはトイレに行き、お茶を買った。バスに戻ろうとしたとき、「あゆみさん!」という声がした。こんなところで呼ばれるなんて思いもしなかったのでとてもびっくりして振り向いた。お友達の働いているお洋服やさんの方だった。最近はお休みのたびにそのお洋服やさんの服ばかり着ていてその日もそうだった。「その洋服ですぐわかったの」お母様と長野へ車で旅行に行った帰りだという。偶然のこの出会いはなにを意味するのだろう。そんなことを考えてしまうけれど全部こういうことだろうと思う。

だいじょうぶ。そのまま歩きなさい。今までの道は全部間違っていなかった。感謝の気持ちをいつも忘れないで自分を信じなさい。

満開の桜がこれからのわたしをお祝いしてくれた。そんなすばらしい旅でした。

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