春琴
いいものに出合うとどうしていいかわからなくなる。
そこがいちばん居たいところになって、どこに行ったらいいか考え出してしまった途端、もうそこから離れてしまう。
わたしのなかで本当にたくさんのものが渦巻いている。やがて風が止んだときわたしはどこにいるんだろう。それを早く知りたい。だけど急いではいない。ただ風に乗ってくる小さな音を摑まえて動くときには動けるようにいつも耳を澄ませている。
はじめとまんなかとおわりに泣いた。
はじめはどうしてだったのか。
説明し難い。
とても些細なひとことからだったか。そのひとことも覚えているわけではないのだけれど。
まんなかは春琴が人間になる場面。
舞台全体を見ようと心掛けていたのだけど、気づくと深津絵里をいつも追っていた。
人形から放たれ全身で春琴の嫉妬心を表したあの場面は感情移入からかただ演技に圧倒されたのか、震えずにはいられなかった。
おわり、舞台の終わったあと。
鳴り止まない拍手のなかでの無言のお辞儀と潤んだ目からはどんなことばよりも気持ちが伝わり、ただ涙を流すしかなかった。ひとりひとりが全身を使って一つのものを表現しきった生きている顔だった。
ほんとうに素晴らしかった。
心の底まで動かされた。
日本の美をもっと知りたい。感じたい。
余韻が続くように谷崎潤一郎の『春琴抄』と『陰翳礼讃』を持ち帰った。
帰りの電車ではいつもよりいろんな音が騒音になり、集中することができなかった。
いまからゆっくり読むことにする。
