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2009年6月

2009年6月30日 (火)

春の夜に秋を思う

このごろは
どの季節もその季節がくると
ああやっぱり春はいいな、とか
夏の色が好きだな、とか
冬に感じるあたたかさや空気の清潔さににうっとりしたりして
いつもいつでも
日々を愛していれた。

それがさっき
少しだけ
秋の日のことが書かれた物語を読んでいたら
なんだか秋が待ち遠しくてしようがなくなった。
それと同時にふしぎであったかい気持ちになって
仄かに淡い予感がした。

だからきっと
これからはじまるこの夏は
どきどきして過ごすことになるだろう。

だれにもわからないような力を(小さいけれど強い力を)
わたしがもっていたとして
それをだれかがみつけてくれるんだろうか。
そっと
きれいな落ち葉を拾うように。

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2009年6月23日 (火)

音楽と人

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前に、彼にこう言ったことがある。

「もしかしたら音楽がなかったらこんなに好きになってなかったかもしれない。」

それを聞いた彼はあからさまにショックを受けていたけど
わたしはそれはうそではないと思った。
彼を傷つけてしまうつもりはなかった。
それだけ音楽の力を感じていてそれを素直に伝えたつもりだった。

前に、妹にこう言われたことがある。

「お姉ちゃんは知らないあいだに人を傷つけているから気をつけな。」

それは言われたときとてもびっくりした。
妹はそういうことをはっきり言う。
言われたときはかーっと頭にくるのだけど
毎日繰り返すうちに
そうかもしれないと思う。
そして
ありがとうと思う。

その言葉はそれからずっと頭の中にある。
だからといって人を傷つけなくなったかというと
それは自分ではわからない。
たぶん傷つけていると思う。

音楽と人はどれだけ親密な関係なんだろう。

もしかしたら音楽だけは心の中にほんとうに入り込んでいける唯一のものかもしれないよ。

たとえば
彼の肉体の中のどこかにある「心」

私の肉体の中のどこかにある「心」
には
ものすごい数の粒子が泳いでいて
それがくっつきあうとなんだかふしぎだけど
ほんとうにくっついちゃったみたいになって。

そのくっつきあうためにドラえもんがなにか道具を出してくれるとしたら
なんかちがうもんだろうけど
現実では
音楽ってものすごく人を動かしているんじゃないか、て。

最近、音楽を聴く時間が少なくなった。
前は聴けるときはいつでも聴いていた。

どんなふうにわたしはかわったんだろう。
どんなふうにかわっていくんだろう。

自分を表現する手段ばかり考えていたのかな。
そんなことして時間をたくさん使ってしまっていたのかな。
でも
あいかわらず
「表現したい」というなんだかどうしてそうなのか
とにかくそう思う気持ちはいつまでたっても消えずにいるので
これからもそんな自分に向き合っていってあげたいと思います。

夕方、ぼんやり布団にもたれていたら
レコードでサイモンアンドガーファンクルを聴きたくなって聴いた。
聴いていたらそんなこんな思ったよ。


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2009年6月14日 (日)

大原写生会

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セツでは1年に1回、千葉県大原漁港での写生会があります。

①東京から特急わかしおに乗って大原へ。
②となりの線路はいすみ鉄道。「なのはな」という名前と黄色い車体がかわいらしい電車。
③海に向かう途中で出あった巨大サボテン。これを描きたかった。
④漁港に到着。船がたくさん。なんとなく船は描かないことに決める。
⑤歩き回って「ここ」て感じるところを探す。やっと決めたのがこの場所。色がなんにもないけど、このもやもやの空気を自分の色で表そうと思った。
⑥こんな古びた建物も描きたかった。

(画像は大きくして見られます)

夕方、雨が降り出してきた。

大きな荷物が肩に重くて疲れたけれど、外の空気に丸ごと体を預けて色であそぶのはとてもとても気持ちがいいものだった。

好きな絵が描けました。

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2009年6月12日 (金)

セツデッサン1

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Cd_2_2
Cd_1_2
Cd_3_2

セツに通い始めて1ヶ月が経ちました。
楽しいです。
顔デッサン、裸体デッサン、コスチュームデッサン、人物水彩を日ごとにくり返しやります。
顔、裸体、コスチュームは1ポーズ10分。
2B,3Bの鉛筆を使っています。


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2009年6月11日 (木)

魂のゆくえ

「からからに乾いた砂漠の中から、真っ暗闇の中から光と水を見つけるためにラクダにも乗らず、歩いて、悩んで、感じて、愛をもって作りました。」

(くるり 岸田日記より)

くるりのあたらしいアルバムがきのう発売になって、東京でライブがあった。
セツを早退して、ゆりかもめに乗ってZepp Tokyoへ。セツにいるときから頭がガンガンして困ったな、と思っていたのだけど、ビールを飲んで、ガンガンな音の中でリズムに揺れていたらいつの間にか痛みは消えていた。
すごくよかった。
やっぱりこんなライブは必要だ。
普段の生活ではありえない大音量。密室の中にモヤモヤと漂う曇った空気。たぶん体にはよくないだろうけど、こころにはきもちにはものすごいパワーを与えてくれる。特別な時間となってなんかころんと体の中に残ったものが、あしたへ気持ちをつなげてくれる。

1回、2回と続けて行くことができた京都音楽博覧会。
3回目の今年はどうしようと迷っていた。
きのう、ライブの途中、津軽海峡冬景色を歌ってみんなで手拍子をして盛り上がった。
そのあと、京都音博の話がつづき、出演者の最終発表があった。
「意味もなく津軽海峡冬景色を歌ったわけではありません」の岸田君の声に会場がどよめいた。
まさか・・・!!え!まさかね~の声のなか、現れましたよ!石川さゆりさん!!!!
予想もしていないこの展開にものすごい盛り上がり。
それまでめがねを飛ばしながら激しく歌ってギターを弾いていた岸田君がころっと変わって、礼儀正しく緊張していた。さゆりさんが「上から観ていてみんながおたまじゃくしみたいに頭を動かして面白かったですよ。」と言われると、「すいません。よく言っておきます。」と岸田君。みんな大爆笑!!!
きのうは紹介だけで歌は歌われなかったさゆりさん。
ああ、京都音博、行きたくなってしまいました!
行くことにします(チケットとれたらですが)。

「魂のゆくえ」のタイトル曲。
ライブではアコースティックバージョンで歌ってくれました。
とてもとてもよくて、ずっと鳴っています。

くるりには愛がある。
これからもそばにいて、たくさんいろんなものいっしょに感じていきたいです。

くるり
http://www.quruli.net/index.html

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2009年6月 6日 (土)

こどもはどうしておとなになるの?

白い画用紙に
透明の魚を描いて
満面の笑顔で
わたしにくれた

小さな手は
透明のクレヨンで
よごれてる

「ありがとう」と思って
そう言うと
満面の笑顔は
ちょっと照れくさそうに
かけていって
また新しい画用紙に向かう

『ことは』(2006年10月発行)より「透明の魚」

・ ・ ・

この詩は今読んでみてもちゃんとこどもの姿が表せているな、と思います。

こどもはクレヨンなんてなくたって、絵が描ける。
こどもは言葉じゃなくて、気持ちを読む。
こどもの照れた顔はなんともいえなくて
こどもはうれしいと、たのしいと、くりかえしくりかえしくりかえしてまたくりかえす。

できないこと、知らないこと、たくさん。
おとなが助けてあげなくちゃ、教えてあげなくちゃいけないこと、たくさん。
やがてこどもはおとなになって、またくりかえすくりかえす。
だからこどもはおとなになるんだね。

でもすごくできなくても、すごく知らなくても、いいんだよ。
その具合が広すぎて、いろんなおとなができるんです。

こどもにおしえてあげること。
おとながおしえてあげること。
どんなことがだいじだろう。
それがわたしの宿題です。

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2009年6月 1日 (月)

六月の赤い実が

六月の赤い実が

ジャムになりました。

母親がベランダで大切に育てているもののひとつ。ジュンベリーの木に、たくさんの実がなりました。
ちょうど一瓶分のおいしいジャムになりました。

ひとつひとつ実を集め、お鍋でゆっくり煮詰めてだんだんジャムになっていく。母とふたり、たのしい時間でした。
パンに塗って、レモングラスのお茶といただきました。
それだけでは足りなかった母がカップラーメンを食べはじめたので、「なんだかオールマイティーな食事だね。」と笑うと、「こうじゃないと生きていけないんだから」とたのもしい顔で笑いました。。
わたしはいつもこういう大きな母に助けられてきた気がします。

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